結婚前に挨拶に行った時から、あきらかに変人だと思っていましたが、予感は的中しました。
結婚式の段取りが気に食わなかったと言われ、大げんかをして2年ほど行き来をしていませんでした。
しかし子供が生まれたことで、そうもいかなくなったので、また付き合いを始めることになったのですが、とにかくめんどくさい人で、プライドが高いし、いつも他人の悪口ばかりいう人です。

自分のプライドを保つために、他の人を馬鹿にすることで生きている、そんな性格なので口を開けば悪口か、自分がどれほど立派かという自慢話でうんざりしています。
息子2人を有名高校、有名大学に入れたということが人生最高の偉業だったらしく、今ひとつ出来の良くないうちの息子のことが、人生の汚点になっているようです。

腹が立つのは主人と主人の兄で、かなり変わった親とは思ってはいるようなのですが、それでも大事な母親らしく、私や義姉に母親に従うようにいつも言います。しかし、私は言いたいことははっきりと言ったりもしますが、周りの人はそれを見てハラハラしているようです。

将来的には世話になるからそのつもりでなんて言いますが、毎日あの生産性のない話ばかり聞かされるとこちらの身も持たないので、なんとかできるうちは自分で生活してもらい、それが難しくなって来たら、同居ではなくて、老人ホームなどの施設に入ってもらえないかなと思っているのですが、絶対服従が身についている主人たちの大反対が目に見えています。年をとればとるほど頑固になりますし、あと何年後にそういうときが来るのかはわかりませんが、今から戦々恐々としています。

適当な相槌をマスターし、姑だけでなく自分と合わない人の全員をうまくあしらえるようになりました。

姑が一生懸命話をしているときは、基本的に意識を遠くへもっていって話を聞いていないです。しかし適度な相槌だけは打つようにしています。よく使う言葉は「へえ、そうですか」「そうなんですね」「ふーん」この3つです。決して否定しないことが大事だと思っています。

人間誰しも、話を聞いてくれるという状況が一番うれしいと思うので、とりあえずそれを邪魔することはせず、適当に受け流すことが一番ということを、この18年間の結婚生活で学びました。

この人は絶対合わないと思う人がいても、かなりうまくあしらえるようになりました。
こういう言い方をするとすごく嫌な感じがしますが、正面から衝突するのは自分が消耗するだけなので、適当に流すことが人付き合いにおいては最も大事なことではないかなと悟りました。
相槌がマスターできただけでも、結婚生活に価値はあったなと思います。

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